一、川柳の世界に入る
四年生のとき、新聞日本語の授業で日本人が作った現代川柳を紹介してもらった。それは、生まれて始めて川柳に出会った。川柳の歌風は滑稽、皮肉だ。和歌より分かりやすいと思う。しかし、その川柳を詠むと、意味が大体分かるけれど、日本人のユーモアがなかなか分かりにくいと思う。
「クイス虫食い川柳」は先生が配った冬休みの宿題だ。他人が完成した川柳の中から、ポイントのところを穴にして、私たちがその答えを考えるというものだ。その宿題を作るとき、やはり電子辞書が必要だ。ただし、その川柳の裏の意味、面白さが分からなければ、答えられない。例えば、
あの□□が そう言うたかと 嬉しがり
答えは「馬鹿」じゃなくて、「あほ」だ。それは、「言うた」は関西弁からだ。標準語を勉強しかない私にとって、難しいと思う。又、
あんこうは □ばかり のこるなり
答えは「唇」だ。「あんこう」は魚の名前だ。あんこうが食べられない部分は「唇」しかない。ただ、私はあんこうを食べたこともないし、聞いたこともない。その答えが全く想像できないと思う。
国、年齢、生活環境、使う言語によって、違う考え方の川柳になったと思う。だから、説明しなければ、読んでもその面白さが分からない場合がよくある。また、先にあげた二つの例から見れば、その面白さが説明してもらった後、ただ「なるほど」の感じがするぐらいで、何の感動もできないと思う。

また、川柳を作るとき、色々な悩みがあった。
冬休みの宿題は自分で川柳を作るのだ。テーマもなくて、何の制限もない。ただ、面白くないものはだめだという原則があった。川柳を作る前に、次のようなルールしか知らないのだ。
①五、七、五の十七音
②歌風は諷刺、面白い
③季語など約束がなくて、自由に作ることが出来る
今まで、文を作るとき、いつもテーマがある。そして、テーマを中心にして、文を考える。しかし、テーマもなくて、何の制限もない場合は、どんな内容を書けば良いか、全然分からない。いったいどんな内容を書けば良いか、冬休みが始まると、ずっと悩んでいる。川柳を作った前に、身近に諷刺、面白いことがあっても、気がつかない。本当にその情報を必要になるとき、参考できる材料はもうどこかへ消えてしまう。また、毎日インターネット、メールから色々な面白い冗談話、記事を読んでも、これについて川柳を作りたくない。それは、川柳は自分の人生、生活に関することを考えて、諷刺、嘲笑、面白い見方で作るものだと思う。自分と関係がないものを書くと、無理に面白い場面を作って、嘘をつくような気がする。仮想、嘘の川柳を作れば、意味がないと思う。だから、悩んでいる。
幸いに、冬休みの間にお正月、バレンタインデーがある。その二つ祝日に色々な出来ことがあって、使える材料も多くなった。

お正月の前に、大掃除をしたり、買い物をしたり、大変忙しかった。大晦日の夜、寝る前に、次の川柳を考えた。
のんびりと 過ごせない 大晦日
大晦日に静かでのんびりとお正月を迎えるはずだのに、どうしてこんなに忙しくなるの?

次、お正月に結婚したばかりの友達の新居へ遊びに行こうと思ったが、友達に断われてしまった。友達はお正月にご主人の実家で料理を手伝わなければならない。そのことについて川柳を作ってみようと思って、次の川柳を考えた。
新婦始めて 料理手伝う お正月
「お金があっても、なくても、結婚して、お正月を迎えよう」中国はこういう諺がある。でも、これは男の立場から考える諺だと思う。結婚したばかりの友達は、始めてご主人とお正月を迎える。残念ながら、友達のお正月はご主人の実家で料理を手伝ううちに終る。新婦のお正月はかわいそうと思う。

最後、バレンタインデーの時、どんなレストランでも、ペアで食事をしなければならない。私はその場面を見て、次の川柳を考えた。
相手無し 食事できない バレンタインデー

自分で一番好きな川柳は「相手無し 食事できない バレンタインデー」だ。諷刺、面白い 、川柳の精神に合うだろうと思う。今学期始めたばかりに、会話の授業も川柳を紹介してもらった。クラス中、自分が完成したこの川柳を黒板に書いた。先生は私の川柳を見て、「確か面白い。でも、この川柳は俳句らしい。」と言った。それは、中に「バレンタインデー」の季語があるからだ。私はその先生のコメントを聞いて、疑問が出てきた。川柳って、絶対「季節に関する言葉」が入ってはいけないか。そうではないと思う。川柳と俳句の区別は発想、歌の表現の形式だと思う。例えば、バレンタインデーの時、一人で食事をする私は寂しくて寂しくて堪らなくて、こういう気持ちで書いたものは俳句。バレンタインデーの時、皆ペアで食事をする場面を見て、面白いと思って書いたものは川柳。また、俳句で季節に関する言葉を使うと、「季語」になって、川柳で季節に関する言葉を使うと、ただ普通の「言葉」だ。それは正しいかどうか分からないけど、私はそう思う。

一見その面白さがすぐ分かる川柳こそ良い作品だ。余計な技巧、難しい言葉が必要ではない。単刀直入に書けば、爆発力がある作品になると思う。例えば、句会の時、一番人気がある作品は次のような分かりやすい作品だ。
川柳の 作る苦労は テスト並び     ~林政達~
ギョッとする 市バスの中の 咳ひとつ  ~塩入すみ~
難しい言葉が使わなくても、詠む人が共鳴できる。そして、自分が作った川柳をもう一度考えてみると、「バレンタインデー」なら大丈夫だけど、「大晦日」と「お正月」なら大きい問題がある。それは、説明しないとその面白さが分からないことだ。勿論、川柳を作るとき、面白い、諷刺のことも考えている。しかし、話したいことと完成した作品と比べてみると違う形になった。それは、川柳の内容を考えるとき、本当に言いたいものが見つけないからだと思う。

十七音だけで、「ポイント」がないと、どんな高い技巧を使っても、どんな面白そうな言葉を使っても、良い作品にならないと思う。

同じ五、七、五の十七音だが、川柳は人生、世間を風刺、面白い作法で作るもので、俳句は季節を感じながら、自分の人生、思い出をまとめて作るものだと思う。でも、先生からもらった「俳句と川柳」と言う資料を読むと、俳句と川柳を区別する自信がなくなってしまう。
①読みさし 本に団の 栞かな
②寝ていても 団扇の動く 親心
 どちらでも俳句だ、私はそう思う。でも、正しい答えは、②は川柳だ。
 「寝ていても 団扇の動く」ここまで見れば、それは川柳か、俳句か、曖昧不明になると思う。ただし、繰り返して考えると、問題の言葉ははやり「親心」だと思う。「親心」は暖かくてやさしい感じがする。この言葉を詠むと、どうしても川柳のイメージと合わないと思う。もし、「親心」を「親馬鹿や」に換えれば、区別しやすくなるかもしれない。正しいかどうか分からないけど、「親馬鹿や」は嘲笑気味で、なんとなく川柳らしいと思う。

言葉遣い、考え方ははっきりしないと、俳句か、川柳か混乱になってしまうと思う。

四月六日に、「川柳の会」を見学した。お爺さん(お婆さんがいないそうだ、ちょっと気になるけど)だけではなく、若いメンバーの顔も見える。それは、川柳は進んでいて、変わっている現代社会が反応できるからだ。例えば、
最近、不況で株価が下がっている。或るメンバーはこういう川柳を作った。
銀行の 金庫で株は 冬眠し      ~陳火桐~
イラク戦争のニュースを見て、戦争に嫌うと考えて、こういう川柳があった。
戦争は 寡婦量産と 裸婦抗議     ~周敏言~
新型肺炎(SARS)が恐いと考えて、こういう川柳があった。
ギョッとする 市バスの中の 咳ひとつ ~塩入すみ~
俳句は自分の人生、思い出、感情をまとめて作った作品のほうが多い。現代社会に通じあう作品が少ないそうだ。逆に、川柳は伝統を守るだけじゃなくて、現代川柳も作っている。川柳と現代川柳の本質(諷刺、面白い)は同じだが、現代川柳は時代を反応していて、時代の差が少なくなる。この点から見れば、俳句より川柳のほうが後世に伝承しやすいかもしれない。

また、川柳の会の皆さんが作った川柳を見ると、もう一つの発見があった。最初は、テーマがない川柳が作りにくいと思う。でも、川柳の会を見学すると、テーマがつく川柳こそ作りにくいと思う。例えば、どうやって「ブレーキ」という言葉を使って川柳になるか。「ブレーキ」は車両の速度、回転速度などを抑えるための装置。
セクハラは ブレーキの所為 ボクじゃない ~文錫熞~
或は、物事の進展、進行を妨げたり抑制したりするもの。
独立へ ブレーキかけた 半世紀      ~陳火桐~
言葉の全ての意味が分からないと、川柳が作れない。意味が分かっても、どうやって表現するのが良いか分からないの場合もよくある。
テーマを見て、その意味、使い方を考えて、そして、体験したものが十七音で川柳を作る。また、川柳を作るとき、面白さも気をつけなければならないのだ。だから、難しいと思う。来月の宿題は「草」と「生まれる」と「自由詠」だ。「草」、「生まれる」二つ言葉について、辞書を引くと、意味が分かるけれど、川柳が作れない。それは、言葉が自由に使えないのだ。その点について、もっと勉強したいと思う。

二、俳句の世界に入る
五年生になってから、古典文学史を勉強し始めた。尾久先生は『万葉集』、『古今集』、『新古今集』の和歌を紹介してくれた。和歌を詠むと、その意味が全く分からない。先生が説明しても、分からない場合もよくある。和歌は難しくて、分かりにくいものだと思う。俳句は連歌の「發句」から変化したものだ。そういうわけて、俳句は和歌の季節感が強い精神を継承していて、「發句」の余韻、謎、想像空間もあって、難しさも同じだと思う。例えば、芭蕉の名句
古池や 蛙飛び込む 水の音
この俳句を詠むと、何となく、頭から人跡未踏の暗い森の場面を浮かんだ。「古池」を使って、寂しい感じを表す。一番うるさいと思われる蛙の鳴る声じゃなくて、「飛び込む水の音」を使って、もっと静かな空間を作った。俳句の精神はこれか。

生まれて初めて作った俳句は台湾の春のイメージで作ったものだ。春と言ったら、頭からすぐ「花見」の季語を浮かび出た。そして、次のような俳句を作った。
山桜 三脚の陣 花見の輪
山桜の前にカメラマンたちが三脚架の陣を作って、皆、写真を撮っている。花見の人も大勢いる。その場面から想像してみれば、山桜がきっと満開で綺麗だろう。また、山桜の前にシャッターを押す音とか、花見の人々からの話し声とか、賑やかな場面も想像できる。グループのメンバーはこの俳句を日本人の上司を見せた。「季語が多すぎる。季語は一つしかないのだ」って、コメントをもらった。俳句を書き直すとき、芭蕉の「さび」の雰囲気を参考して、次のようになった。
花見の輪 三脚の陣 独りっ子
「山桜」の代りに、「独りっ子」になる。賑やかの場面で、「影」、「暗い」感じがあるものが作りたいと思う。先に触れた芭蕉の名句を詠むとき、何となく寂しい、哀しい感じがある。それは日本人特有の「ものあわれ」の精神だと思う。そして、私は台湾の春の場面で日本精神を漂う俳句を作りたいと思う。
句会の時、この俳句は人気がなかった。A組のクラスメートはこの俳句を見て「あっ、難しそう」と言った。先生によると、この俳句は詠む人に感動されない理由は動詞がないそうだ。動詞って、こんなにパワーがあるのか。最初は不思議だと思う。しかし、繰り返して考えてみると、なんとなく分かる。例えば、絵二枚がある。
①テーブルの上に置いたリンゴ
②テーブルの下に、ある子供は手を伸ばして、リンゴを取りたいつもりだったが、背が小さすぎて取られない
①の絵は、技巧がどんなに高くても、ただ「静物」で、詠む人に感動されない。でも、②の場合は、動詞(子供が手を伸ばす)があるから、生き生きになって、作者の気持ちも分かりやすくなった。

また、「地球俳句―フランス」のビデオで、小林恭二さんは俳句の素人の井川遥とフランスの高校生に俳句の作り方を説明する内容を見て、私も勉強になった。
俳句を作る時、次のようなポイントがある。
①言葉を探す
②動詞を考える
③見つけた言葉を動詞で繋ぐ
確かに、花見の俳句を作る時、ただ花見の場面を考えて、動詞なんか全く考えなかった。まるで、①のような「静物の画」みたいだ。また、ビデオから、次のインフォメーションも取った。
①俳句は世界一短い文芸
②連歌の「発句」が独立して、「俳句」になったから、俳句は謎と期待感がある

そして、次の俳句(冬の季語を使う)を作る時、学んだポイントも参考して、次のような俳句を作った。
寒風や 分けて食べてる 小饅頭
寒い天気で小さな暖かいことを表現したいと思う。その小さな暖かいと言うのは、「分けて食べてる」の友情か、或いは、「小饅頭」か。
中学生の時、いつも友達と話ながら、家へ帰る。ある日、天気が急に寒くなって、何か温かいものが食べたかった。でも、二人でただ五元しかなかった。仕方なく、五元で饅頭を買って食べた。饅頭の味がすっかり忘れてしまったが、二人でその饅頭を分けて食べる時の楽しさがいつも心のどこかへ残してしまった。今、その友達ともう連絡しなかった。でも、俳句を作る時、冬のことを考えるうちに、なんとなく、忘れてしまったはずと思った記憶がもう一度呼び返した。
次の授業(名著選)が始まる前に、クラスメートとこの俳句のことを話した。急に、頭の中から「鍋」の言葉を浮び出した。速くそのアイディアで俳句を作らないと、その気持ちがすぐ消えてしまうかもしれないと思う。そして、(失礼だけど)「名著選」の授業で、先生の授業を聞きながら俳句を考えた。「鍋」の季語を考えると、すぐ、おばさんのことを思い出す。おばさんは小さい子から、ある遠い親戚のところへ送られて、そこの長男の嫁になった(中国語で「童養媳」)。中国人は正月二日に実家へ帰る習慣がある。でも、おばさんは長男の嫁だから、お正月に一番忙しくて、全然帰られない。だから、いつもお正月の前にお祖母さんのところへ帰る。おばさんが帰る時、いつも鍋料理を食べながら愚痴話を話す。この話を聞いたお祖母さんはきっと涙を含めているだろう。
内容を決めると、作り方を考える。今度、電子辞書を引いて、俳句を作ってみたいと思う。まず、キーワードを考える。この内容のキーワードは「帰」、「涙」、「鍋」を決めた。そして、電子辞書を引いて、自分が表現したい気持ちに合う言葉を選んで、次のような俳句を作った。
里帰り 涙ぐむ親 鍋つつく
びっくりした。何と、私は偉そうな俳句が完成した。でも、正直に、自分で「小饅頭」のほうが好きだ。それは、この俳句は自分の一番大切な思い出を書いているからだ。「地球俳句―台湾」の中で、こういう話があった。

俳句は自分の人生、たくさん思い出をまとめて作ったものだ。俳句を作ると、心が豊かになる。

私もそう思う。初めて俳句を作るとき、自分の気持ちを全然考えなかった。自分の思い出、感情が入っていないから、作った俳句は冷たくなってしまった。身近の出来事を入ってみると、思い出がどんどん浮かびだして、心も暖かくなった。
十七音で、自分の大切な思い出を書く。考えて、書いて、考えて、書いて、だんだん、心がやさしくなってきた。

私は句会で人気がある俳句と技巧の高さとあまり関係がないことが発見した。それは面白いと思う。例えば、
春風に 遊ばれている イヤリング
この俳句は繊細な感覚でロマンチック的な春を表現した。一般的には、春と言ったら、皆大体「花」や「恋」を考えるだろう。しかし、その作者は「遊ばれているイヤリング」で春の楽しさを描く。その技巧はとても高いと思う。ただし、この俳句は一番人気があるものではない。
春の恋 心を込めて 暖かい
クラスで一番人気がある俳句はこれだ。それは、技巧と関係がなくて、ただ、皆はこの俳句を詠んで、共鳴ができるのだ。
いったい何のために俳句を作るか。落選する俳句は悪いものか。そのことを考える前に、どうやって自分の選句能力を高めるかこそ、一番大切だと思う。選句する時、基準は何か、それを勉強しなければならないと思う。選句能力があれば、良い俳句も作れる。また、句会で何人自分の俳句を選ぶのは全然意義がない。大切なのは、どんな人が自分の作品を選ぶことだと思う。

四月十三日に、「俳句の会」を見学した。まず、気になったのはやはり俳句の会のメンバーだ。人数は川柳の会より多いけれど、若いメンバーは一人しかいない。それは危ないと思う。新しい血脈がないと、このグループは後世に伝承し続けられなくて、いつかこの世から消えてしまうかもしれない。
どうして若いメンバーがいないか。私は句会の時に、ずっと考えている。お年寄りが嫌うだろうか。或は、日本語能力が不足か。川柳の会で若いメンバーの顔が見えることを考えると、二つとも主な原因ではないと思う。俳句の会のメンバーたちが作った作品を詠むと、若者がいない原因は、親近感がないだろうを考える。お爺さん、お婆さんは俳句を作る時、言葉遣いも歌の内容も自分の思い出、感情、伝統的な思想を守ることに執着すぎるだろう。若者はそれを詠んで、共鳴もできなくて、疎外感も出てきて、そして、寂しくて、俳句の会に入りたくないだろう。
川柳の会は現代川柳で若者と交流する。同じことに対して、お年寄りの見方も見えるし、若者の見方も見える。個人のものだけではなく、どんなことでも川柳が作れる。そうすると、川柳は無限の可能性がある。どうして俳句の会はこのような形になれないか。同じ季節でお爺さん、お婆さんの感じたものと叔父さん、叔母さんが感じたものと私たち感じたものとは絶対違うと思う。豊富な人生の経験を持っていないけれど、若者は季節に対して良く新しい発想が生まれる。
では、どうやって若者に俳句を紹介するか。日本で若者に古典文学を紹介するために、面白くて分かりやすい漫画を出版した。古典文学と同じで、若者のために、若者専用の歳時記を作ってみるのはいかが。黄霊芝先生は台湾人のために『台湾俳句歳時記』を完成したが、中で記する大部分のものは若者が分からなくて、感じられない。それは、日本語能力と関係がなくて、ただ時代の差だと思う。例えば、私は「地球の俳句」でフランス人が作った俳句を詠むと、共鳴ができる。それは、その学生たちは何の束縛もなくて、斬新なアイディアで俳句を作るからだ。ロマンチック的、想像的、若者特有の美学が見える。だから、私にとって、フランスの学生たちが作った川柳は私にとって親近感がある。
もう一つ気になることは、俳句の会のメンバーたちが作った作品を見ると、読めない漢字がいっぱいあるのだ。最初は衝撃を受けた。でも、高い得点の作品は案外に簡単で分かりやすい。私はホットした。
春うらら 車椅子追ふ 小犬かな
一坪の ベランダ春を 溢れしむ
この俳句を詠むと、かわいくて、暖かい感じがする。難しい言葉ばかりの俳句は良い作品とは言えないと思う。それは、詠む人は作者の気持ちが分かりにくいからだ。

三、地球俳句―日本、台湾、フランス
ここで「地球俳句―台湾」、「地球俳句―パリ」二つビデオを見て感じたものを説明したいと思う。
本来、俳句は日本のものだが、日本人、台湾人、フランス人が作った俳句は全然違う形になった。
日本風の俳句は高くて巧妙的な技巧を使っている。「古今調」歌風に近いと思う。俳句の内容だけではなく、言葉遣いも気をつけると思う(例えば、冨士真奈美さんは俳句を作るとき、いつも『歳時記』をチェックしている)。日本風の俳句を詠むとき、繊細できれいな音韻も感じられる。しかし、自分の感情より、技巧の方が大切だという傾向もよくある。そのような俳句を詠むと、作者の冷静な考え方が感じられるが、作者の熱情が感じられないと思う。
夫(つま)おとなし ゆふべ肉魚 焼く香   ~黄葉~
言葉は「夫」、読み方は「つま」。それは夫妻のことだ。私なら大体そのまま「夫妻おとなし」を使って、「夫(つま)」のような技巧は絶対考えられない。
犬は太郎 猫は花(ほ)児(ある)よ 日脚伸ぶ   ~黄葉~
この歌は、漢詩の「対仗」の技巧を使っていると思う。「犬」対「猫」、「太郎」対「花児」。最後、その対照的なものを一緒に「日脚伸ぶ」。それは面白いと思う。
廃山に 眠れねむれと 小春波     ~黄葉~
「眠れねむれ」を詠むと、童謡のような韻律感があると思う。また、「廃山」はもう生命力がなくなってしまったような感じだが、「小春波」の言葉を詠むと、何となく、生命力がなくなったはずのに、何か新しい命が誕生したような感じする。

台湾風の俳句は自分の人生、思い出、感情をまとめて、素朴で直接を表す作品が多い。「万葉調」歌風に近いと思う。俳句を作っている台湾のお爺さん、お婆さんは植民地時代の時、自分の母語(台湾語)を捨てて、日本教育を受けて、日本人として育てた。ただし、復帰した後、中国語を勉強しなければならない。日本語を学びことも中国語を学びことも自分の意識ではないが、日本語は子供時代に学んだもので、忘れようもない。日本語を捨てられない。だから、自分の人生、思い出が一番慣れる言葉で表現したいと考える。
賀の客は 雨垂れのみよ 母子家庭 ~陳蘭美~
七転び 八起誓ふ 更衣      ~楊瑞麟~

また、お爺さん、お婆さんが小さい子から学んだ日本語は今のような現代日本語ではないから、現代に使わない言葉でも良く使う。
いぼだひや 心の隅に 母がゐて  ~高寶雪~

また、台湾人が季節に対する考え方は日本人とは違う。この点について、私は面白いと思う。日本に四季分明から、日本人は季節に対する感受性が強い。俳句を作るとき、だいたい、春は暖かい、夏は暑い、秋は涼しい、冬は寒い、こういう感じで作る。でも、台湾に四季があるけれど、日本の季節の感じとは違う。台湾に冬でも蒸し暑いときもある。黄霊芝先生は台湾風の俳句を作るために『台湾俳句歳時記』を編集した。季語を編纂する時、春、夏、秋、冬の代りに暖かい頃、暑い頃、涼しい頃、寒い頃を考える。例えば、「木綿花」は暖かい頃使う。「夜の女王」は暑い頃使う。「青山王祭」は涼しい頃使う。「小籠包」は寒い頃使う。
婚宴に 奢り添へして 夜の女王  ~黄霊芝~
だから、台湾風の俳句は言葉が同じでも、使い方が日本とは違う場合もある。例えば、「うらら」という言葉の意味は「晴れて太陽がのどかに照っているさま」。日本に「春うらら」を使う。ただし、台湾の冬には、天気がいいとき、暖かくて気持ちが良かったと思われる。その感じは日本の春のイメージと大体同じだ。台湾に「冬うらら」も使われる。
土地公の 吉のみくじや 冬うらら  ~李錦上~
冬うらら 大人は岩に 子は魚に   ~黄霊芝~

フランス風の俳句は一番自由奔放だと思う。ロマンチック的、発想力、感受性が強く、詩情に溢れている。日本人も台湾人もそれぞれの歴史があるから、俳句を作るとき、ルールを守るために、知らないうちに制限された。日本人と同じで、フランス人も季節と言葉結びつきは強い。しかし、使い方は日本人より自由で、日本のような形式化されていない。だから、フランス風の俳句を詠むと、若い生命力が感じられる。
何もかも夢も飛び去る その道は 風? 時? それは人生
詩人は夢の変革者 秋の朝 魂は飛び立つ

ここから見たフランス人を作った俳句はフランス語で作って、そして、日本語で翻訳する。例えば、
De jolis tissus Se fondent aux Coloquintes
Mon esprit est triste
コロント 布と溶け合う 切れない想い
そうすれば、日本語だけではなく、フランス語、英語も、中国語も、台湾語も俳句が作られると思う。俳句はただ話したいことを俳句のルールで作るものだ。では、五、七、五とか、俳句は季語、川柳は諷刺、面白いなど基本的なルールを使ったら、どんな言葉でも俳句も川柳も作られると思う。各国の言葉は各自の音韻、魅力、美感がある。国によって、季節感、生活習慣、考え方も違う。私は日本語で俳句を作るとき、よく日本の季語を使うほうが良いか、或は、台湾の季語を使う方が良いか、悩んでいる。もし、台湾語で俳句を作る場合は、問題無し、絶対台湾の季語を使う。そうすれば、日本語で作る俳句とは全然違う形になって、言語の魅力も広げると思う。また、我々にとって、日本語はやはり外国語だ。日本語能力はどんな高くても、自分の母語ではないから、自由に考えられない。
かゆい手で 蚊を打いたら 血が出ない
台湾大学の学生はこういう「俳句」を作った。始めて俳句の世界に入る時、一番難しいのは、川柳を作ったつもりで、俳句になってしまった。俳句を作ったつもりで、川柳になってしまった。どうしてこういう状態になったか。一番大きな原因は日本語は自分の母語ではなく、作ったものは日本人の立場から見れば川柳か、俳句か分からないと思う。

句会を参加するのは一番良い方法だと思う。他人が作った作品を詠んで、自分と共鳴ができる歌を選ぶ。そうすれば、自然に川柳と俳句との区別が分かるようになると思う。句会で川柳、俳句の作る苦労を話し通じて、他人の技巧を学んで、他人からの批評を尊重して、人格も日本語能力も成長できると思う。「地球俳句―台湾」と「地球俳句―フランス」に出た句会を見ると、私はそう思う。

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